この壮大な宇宙開発プロジェクトの、現地派遣チームの一員に選ばれて、お母さん、あなたもご存じのようにぼくは有頂天でした。ぼくの一生を捧げることになるだろうプロジェクトの、しかもその中枢、最前線の現場で仕事ができるのです。ぼくの出発を妨げるものなど、なにひとつありはしない、いや、あってはなりませんでした。ただ、唯一の気がかりが、彼女だったのです。
身よりのない、ひとりぼっちの女でした。ぼくは彼女の孤独を愛していました。彼女はといえば、このぼくがすべてでした。
宇宙行きが決まったとき、ぼくは彼女に言いました。自分はなにがあっても行かなくちゃならない。もしおまえのために行くのを思いとどまるなら、いずれおまえを怨むようになるだろう。このままおまえのそばにとどまったとしても、いままでのようにうまくやっていくことはできない。だからおまえは、おまえの好きなように生きてくれ。ゆめゆめ、ぼくのことを待っていようなんて気は起こさないこと。十年も離ればなれになるんだよ。これまではなにをするにもぼくたちの心はひとつだったけれど、かりに十年後再会するとしても、そのときにはおたがいいまとは別人になっていて、心が通いあうことはないだろう。ぼくのことは、死んだとでも思ってあきらめてくれ。――彼女は黙ってうなずきました。
でも、ぼくにはわかっていました。この女がぼくなしで生きてゆけるはずがない。待つな、と言っても、ほかにどうすることができるだろう。十年後ぼくが帰ってくるころには、この女は廃人のようになっているにちがいない。さもなければ、自殺しているだろう。それ以外には考えられない。この女を、ぼくと知りあう以前のようにひとりぼっちで、この地球に残して行くことはできない。
出発の日が近づくにつれて、ぼくたちは無口になっていきました。それまでは、彼女のまえでぼくはたいていおどけていましたし、彼女にもぼくにしか見せない快活さがありました。でもそのころには、向かいあったままほとんど話すこともありませんでした。話さなくてもぼくたちは、相手がなにを考え、なにを思いつめているのか、よくわかっていたのです。それは同じこと、ただひとつのことだったからです。
出発の一週間まえ、ぼくは愛人を旅行に誘いました。初冬のある晴れた一日、暗くなるまで山道を歩いて、ヒュッテに泊まりました。シーズンオフで、ほかに泊まり客はいませんでした。次の日の朝はやく、一時間ほどの散歩で小さな湖にたどりつきました。湖面にはまだ朝霧がもやっていました。そこでぼくは、向かいあったまま、無言でゆっくりと女の首を絞めました。女のやわらかい首筋に、十本の指がどこまでものめり込んでいくようでした。やがて女の眼が、眠たくなった子供のように、頻繁にまばたきはじめました。頬と口もとに、うっすらと微笑が浮かびました。それは限りない同意をあらわしていました。もう開かなくなった瞼から、涙が湧いて溢れました。ほどなく首が、そして膝が、がっくりと崩れました。
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