報道陣のフラッシュがいっせいに焚かれました。テレビカメラが、ぼくの顔と靴のアップを交互にフレームに収めていました。「ひと殺し、ひと殺し」というざわめきが、はじめはひそひそと、やがて波紋をひろげ連呼になって、ぼくと靴を取り囲んだ人垣の輪を、ぐるぐるとめぐっていきました。見知らぬ人たちの祝福の声が、気がつくと怒声に変わっていたのです。ぼくはそれをまるで他人事のように、茫然と聞いていました。
ぼくは、祝賀会の警備にあたっていた軍の下士官に引き立てられ、やはり施設の内部にある、小法廷に隣接した待合室に連行されました。靴は手首といっしょに押収されたため、部屋ではスリッパをあてがわれました。軍のさまざまな位の人間が、あわただしく出入りしていたようです。胸につけた等級章でわかるんです。もっとも誰ひとり、ぼくに話しかけることはありませんでした。ぼくはうつむいて坐ったまま、ときおり扉を出入りする彼らを上目づかいに眺めていただけです。
祝福のセレモニーの最中に、思いもかけない凶事が起きて、軍の関係者もさぞ動揺していたことでしょう。ただ、関係者どうしのやりとりはすべて扉の向こうで交わしていたらしく、ぼくにはなにも聞こえませんでした。
小一時間ほどして、検事がやってきました。打ち合わせは扉の向こうで済んでいたらしく、検事は入ってくるなりぼくに、あさっての九時にあらためてここに出頭するよう命じました。それだけです。いっさいの取り調べは受けていません。
施設を出るとき下士官に少額を渡されました。ぼくは彼に、金はいらないから、それより靴を貸してくれないかと言いました。スリッパのままだったからです。下士官は無愛想にサイズを聞くと、どこからかくたびれたスニーカーを持ってきました。こうしてぼくは一時的に放免されたのです。
それにしても軍当局は、どうしてぼくに一日半の自由を与えたのでしょうか。ひょっとしてこれが、宇宙都市建設という壮大なプロジェクトを、しかも現地で見事になし遂げた技術者にたいする、彼らなりの敬意のあらわしかたなのでしょうか。それとも、十年も地球を離れていた人間が、この地球での十年以上もまえのふるまいを思い出して、そのときのことを矛盾なく証言できるためには、このくらいの時間的猶予が必要だ、とでも考えたのでしょうか。だいたい彼らは、あの手首がいったい何だと思ったのだろう。血液や指紋の鑑定はもう済んだのだろうか。――もっともこうした疑念は、いまだから口にできることです。あのときぼくは、施設の玄関にただもう茫然と虚脱して立ちすくんでいただけです。
ともかくぼくは放免されました。玄関を一歩出ると、燃えるような夕焼けに染まった街頭の景色が、目の前いっぱいにひろがっていました。夕立ちがあったらしく、濡れたアスファルトの舗道が真っ赤に灼け、建物の壁の芳醇な琥珀色が、路地の奥に落ちた影とあざやかなコントラストをなして、壁の窓はいっせいにまぶしい檸檬色を反射していました。十年ぶりに見る、色のついた世界です。
強烈な原色の世界でした。強烈だけれど、ひどく非現実的にも見えました。しかも、こんな景色をつい最近も見たような気がする。なぜだろう、そんなはずはないのに。夢でも見たのかな。ああそうだ、宇宙基地にあったグラビア雑誌で見たんだっけ。――そこまで記憶の脈絡をたどったところで、はたしてこの景色が十年ぶりに見る地球の夕焼けだから非現実的なのか、それともカラー写真そっくりだから非現実的に見えるのか、自分でもよくわからなくなってしまいました。
そんな役にも立たないことを考えながら景色を眺めているうちに、ぼくのなかに感情が戻ってきました。色が感情になって、ぼくの胸に浸透してきたのです。そして今度は、この街での現実の記憶がよみがえってきました。
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